妾 (めかけ、しょう) とは、婚姻した男性が、妻以外にも囲う女性のこと。
日本
上方では「てかけ」と称する。妻がいる場合は「二号」、妻と一人目の妾がいる場合は「三号」と呼ばれることがある。現代日本においては、既に婚姻している男性が重ねて婚姻(重婚)することができないため、妻と同様に扱われていても妻と同じ法的地位は得られない。
特徴
妾の特徴は、次のとおり。
- 妾の存在は、社会的に隠されるものではなく公表されるもので、妻も承知しているものである。この点、妻に秘密にする不倫とは大きく違う。
- 以前は妾は不道徳なものではなく「男の甲斐性」の象徴として是認する日本国内の地域社会も多かった。法的にも明治3年(1870年)に制定された「新律綱領」では妻と妾を同等の二親等とすると定められていた。
- 「○○さんの妾になる」と直接的な表現は用いず、「○○さんの世話になる」という間接的な表現を用いることが多い。
- 「妾」は「わらわ(「童」と同源)」とも読み、女性が自らを謙遜していう語として、近世の武家の女性が用いた。
- 妻と妾が同居することは少ない。普通は別の家(妾宅)を与えてそこに生活させる。その点で普通は同居させる側室と異なる。
- 一般に、地域社会において妾の産んだ子は妻の産んだ子より低く見られる。
- 男系相続にこだわる家柄においては妾の産んだ子が男の子、妻の産んだ子が女の子であった場合、跡継ぎとして妾の産んだ子のほうが尊重される事がある。
- 法律が定める婚姻制度の外側の存在のため、法律で婚姻が認められない間柄の女性や婚姻年齢に達しない女性であっても(倫理的問題等はともかく)妾にすることが理論上は可能である。
- 売春防止法の売春には該当しない(ただし、複数の者と同様の関係を結び対価を受け取った場合は単純売春)ため、刑法上の犯罪ではない。
著名人
- 日本の大正・昭和時代の政治家。妾を囲っていることに対する批判を逆手に取って当選したエピソードで知られる。
- 女性関係が派手だったようで、大蔵省時代には自宅に妾と同居していたりもした。
- 父と母の間に婚姻関係が無く、いわゆる妾腹の子である。
参考文献
- 黒岩涙香『蓄妾の実例』
中国
中国では、経済発展に伴いアルナイ(漢字では二奶)と呼ばれる妾が生まれた。アルナイを持つことを「包アルナイ」と呼ぶ。また、アルナイが集まった集落を「アルナイ村」と呼ぶ。アルナイは全国各地に広まっており、社会問題となっている「第7回 「アルナイ(二号さん)村」が生まれてしまう“悲劇” 中国は、政治と経済を切り離しすぎた」『日経ビジネスオンライン』日経BP社、2008年5月9日付配信。発祥は深セン。香港などから荷物を運ぶためにやってくるドライバーが、深センへ出稼ぎにきた内陸の貧しい地域の若い女性を囲うようになる。出稼ぎ女性の労働環境は過酷な状況にあった。工場で朝から夜まで働いても月200元。そのため、三陪嬢(夜の相手もすることがあるホステス)となる女性も多かった。そうした中で、ドライバーに月数千元の生活費を条件に専属の相手として買われる女性が生まれることとなった。これは一種の雇用契約と呼ぶべきもので、男性の望むことを行うことへの対価を受け取るということになる。
その後、貿易の拡大、経済発展により各地に豪商や成金が多く生まれた。彼らや権力を持つ役人がアルナイを囲うようになったことにより、アルナイは全国に広まっていった。それに伴い、家庭崩壊などの社会問題も生まれていった。
中国・清代の妾
沈復の『浮生六記』に次のような記述がある。乾隆59年7月(=西暦1794年)、私が広東から帰蘇したとき、私の同行者で広東から妾を連れて帰った者があった。この男は徐秀峯といって、私の妹婿だったが、連れてきた女が美人である事を自慢にし、芸をわざわざ招んで見てもらったりなどした。芸は後日、秀峯と会った時に「美人は美人だが、気品が足りない」と言った。秀峯は「じゃ、あんたのご主人が納妾される時には、美人で気品のある者というのが条件になりますか?」と問い返した。芸は「そうです」と答えた。それ以来、芸は躍起となって候補者の物色に奔走した。だがそれには肝心の資金がなかった。
芸は「今日こそ、美しく上品な人に出会いました。わたしは先刻、あの敢園(カンエン)と、明日ここへ訪ねて来てくれるよう約束しておきました。来たら、あなたの為に一骨折ってあげますよ」と言った。 私は驚いて、「あんなのは百万長者ででもなければ囲えないものなんだ。私のような素寒貧にどうしてそんな事が望めよう? それに私たちは、人も羨む睦まじい仲なんだ。なんの必要があってよその女を引き入れなければならないのだろう」と言った。 芸は笑って「わたし自身があの人を好きになったのです。あなたはしばらく黙ってなり行きを見てらっしゃい」と言った。(敢=正しくは、敢に心あし)引用は、沈三白著『浮生六記』 石田貞一訳、筑摩書房、1962。同じく、沈復著『浮生六記』 佐藤春夫、松枝茂夫、共訳、岩波文庫 1947。がある。



